森田は何処まで天才なんだ

最近読んでる漫画の1つに「べしゃり暮らし」がある。
森田まさのり最新作にして、一度は連載打ち切りを行った無念の作品である。
数か月のブランクを経て今年頭からヤングジャンプ上で再復活。
自分の体調に合わせて書いていくと言うが、どの道作品を読むことが出来ると言うことで幸せである。
今回の作品は今までの作品とは打って変わってお笑いをテーマにした作品。
ヤンキーパワー全開の殴り合いとはまた違う方向性の作品となっている。
 しかし、この作者のクオリティは全く衰えておらず、むしろ最近のお笑いの問題点や人を笑わすと言う事、お笑いを仕事にすると言う事の辛さ、果ては本当に面白い事とは何かを訴えかけている。
 ここまで話しておいてアレだが、正直俺は今のお笑いが嫌いである。
ハッキリ言って面白いと思えない。決してお笑いが嫌いと言うわけではないのだが、最近のはどうも笑うことが出来ないと常日頃から思ってるし、俺の親しい友人ならそれを声に出して言っている事も知っているだろうと思う。
中には笑わせてくれる芸人もいるのだが、大半は下らない連中ばかり。
その芸風が1,2グループならばその者の芸風と思い納得することも出来ようが、それが殆どなのである。ハッキリ言ってうんざりなのだ。
 別に笑えない事を言って、お決まり文句で強引にオチを付けて会場が「どっ!!」このパターンばかりである。
ただでさえ笑えないネタなのに、それすらも盗み合い大量生産。始末が悪いことこの上ない。
漫画雑誌で全てが薄っぺらな格闘漫画だったら誰でもうんざりするだろう。
そもそも、本筋の内容が薄いくせに周りばかりを凝り固めていたとしても、化けの皮が剥がれる事は目に見えている。
 何時だったか、真打の落語家が言ってた台詞で「駄洒落はお笑いじゃないよ」と言う台詞が頭を過ぎる。
全く持ってその通りだと思う。
駄洒落は何処まで言っても駄目な洒落であり、決して洒落て等いないのだ。
 今は何処の世界でも直ぐに表舞台に出る事が出来てしまい、下積みの期間が短いのではないかと思うし、そもそも最近のお笑いは師匠の下に就くと言う制度はあるのだろうか?
真に面白い事を知っている人が上に就けばもう少しましなお笑いを見る事が出来るのではないかと思うのだが、やはりそこも利益優先となってしまっているが故の悪なのかもしれない。
 何より一番の悪は、それを面白いと思ってしまってるユーザーとそれに食いつくマスコミ両者による悪循環。
一時凌ぎの娯楽ではなく、心から楽しみたいと思い、自分の笑える物を考えた時、本当に自分にとって面白いものが見えてくるのではないか?
 長くなってしまったが、そんな事を考えさせられるし、作者本人もそう感じているのではないかと思わせる作品なのである。
作中、主人公を「誰よりもお笑いに熱心な奴なんです」と言った場面がるのだが、誰よりも熱心なのは他でも無く、森田まさのり自身なのは間違い無い。
きっと作者自身も、自分のフィールド(漫画界)でも同じような事を思っているのではないかと思う。
外装ばかり凝り固まった漫画・お笑い・ゲーム・アニメそんな物が有り触れ、評価される世の中にだけはなってほしく無いと心から願う。